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哎呀,鲁迅的翻译!

老唤 (发表日期:2011-07-29 17:12:49 阅读人次:2863 回复数:4)

    哎呀,鲁迅的翻译!

  
众所周知,我最爱戴的日本现代作家是芥川龙之介,我甚至把他排在契可夫、欧·亨利等世界短篇大师的行列。

  
而中国现代没几个可以称作[作家]的人物,挑肥拣瘦,我最爱鲁迅。当然,指的是他的小说、杂文。

  
因为没有活儿干,闲极无聊,就找来鲁迅翻译的芥川,想知道这两个我的最爱[合作]得怎么样。

  
不看不知道,一看吓一跳!

  
心想:幸虧我沒把魯迅捧为[伟大的翻译家]。

  
也知道过去对于鲁迅的翻译,曾经有过争论。好像是一方认为鲁迅的翻译詰屈聱牙,是[硬译];另一方则认为那是风格,有时代的原因在内。

  
但是我首先要说的不是抽象的、高级的,而是具体的、更初级的问题:能力和态度!

  
作为例子,我取来鲁迅翻译的芥川的成名作暨代表作[鼻]。并且为了节省广大读者的时间,只取开篇的几段为例。

  
原文:

  
鼻芥川龍之介

  
禅智内供(ぜんちないぐ)の鼻と云えば、池(いけ)の尾(お)で知らない者はない。長さは五六寸あって上唇(うわくちびる)の上から顋(あご)の下まで下っている。形は元も先も同じように太い。云わば細長い腸詰(ちようづ)めのような物が、ぶらりと顔のまん中からぶら下っているのである。

  
五十歳を越えた内供は、沙弥(しやみ)の昔から、内道場供奉(ないどうじようぐぶ)の職に陞(のぼ)った今日(こんにち)まで、内心では始終この鼻を苦に病んで来た。勿論(もちろん)表面では、今でもさほど気にならないような顔をしてすましている。これは専念に当来(とうらい)の浄土(じようど)を渇仰(かつぎよう)すべき僧侶(そうりよ)の身で、鼻の心配をするのが悪いと思ったからばかりではない。それよりむしろ、自分で鼻を気にしていると云う事を、人に知られるのが嫌だったからである。内供は日常の談話の中に、鼻と云う語が出て来るのを何よりも惧(おそ)れていた。

  
内供が鼻を持てあました理由は二つある。――一つは実際的に、鼻の長いのが不便だったからである。第一飯を食う時にも独りでは食えない。独りで食えば、鼻の先が鋺(かなまり)の中の飯へとどいてしまう。そこで内供は弟子の一人を膳の向うへ坐らせて、飯を食う間中、広さ一寸長さ二尺ばかりの板で、鼻を持上げていて貰う事にした。しかしこうして飯を食うと云う事は、持上げている弟子にとっても、持上げられている内供にとっても、決して容易な事ではない。一度この弟子の代りをした中童子(ちゆうどうじ)が、嚏(くさめ)をした拍子に手がふるえて、鼻を粥(かゆ)の中へ落した話は、当時京都まで喧伝(けんでん)された。――けれどもこれは内供にとって、決して鼻を苦に病んだ重(おも)な理由ではない。内供は実にこの鼻によって傷つけられる自尊心のために苦しんだのである。

  
池の尾の町の者は、こう云う鼻をしている禅智内供のために、内供の俗でない事を仕合せだと云った。あの鼻では誰も妻になる女があるまいと思ったからである。中にはまた、あの鼻だから出家(しゆつけ)したのだろうと批評する者さえあった。しかし内供は、自分が僧であるために、幾分でもこの鼻に煩(わずらわ)される事が少くなったと思っていない。内供の自尊心は、妻帯と云うような結果的な事実に左右されるためには、余りにデリケイトに出来ていたのである。そこで内供は、積極的にも消極的にも、この自尊心の毀損(きそん)を恢復(かいふく)しようと試みた。

  
第一に内供の考えたのは、この長い鼻を実際以上に短く見せる方法である。これは人のいない時に、鏡へ向って、いろいろな角度から顔を映しながら、熱心に工夫(くふう)を凝(こ)らして見た。どうかすると、顔の位置を換えるだけでは、安心が出来なくなって、頬杖(ほおづえ)をついたり頤(あご)の先へ指をあてがったりして、根気よく鏡を覗いて見る事もあった。しかし自分でも満足するほど、鼻が短く見えた事は、これまでにただの一度もない。時によると、苦心すればするほど、かえって長く見えるような気さえした。内供は、こう云う時には、鏡を箱へしまいながら、今更のようにため息をついて、不承不承にまた元の経机(きようづくえ)へ、観音経(かんのんぎよう)をよみに帰るのである。

  
それからまた内供は、絶えず人の鼻を気にしていた。池の尾の寺は、僧供講説(そうぐこうせつ)などのしばしば行われる寺である。寺の内には、僧坊が隙なく建て続いて、湯屋では寺の僧が日毎に湯を沸かしている。従ってここへ出入する僧俗の類(たぐい)も甚だ多い。内供はこう云う人々の顔を根気よく物色した。一人でも自分のような鼻のある人間を見つけて、安心がしたかったからである。だから内供の眼には、紺の水干(すいかん)も白の帷子(かたびら)もはいらない。まして柑子色(こうじいろ)の帽子や、椎鈍(しいにび)の法衣(ころも)なぞは、見慣れているだけに、有れども無きが如くである。内供は人を見ずに、ただ、鼻を見た。――しかし鍵鼻(かぎばな)はあっても、内供のような鼻は一つも見当らない。その見当らない事が度重なるに従って、内供の心は次第にまた不快になった。内供が人と話しながら、思わずぶらりと下っている鼻の先をつまんで見て、年甲斐(としがい)もなく顔を赤らめたのは、全くこの不快に動かされての所為(しよい)である。

  
最後に、内供は、内典外典(ないてんげてん)の中に、自分と同じような鼻のある人物を見出して、せめても幾分の心やりにしようとさえ思った事がある。けれども、目連(もくれん)や、舎利弗(しやりほつ)の鼻が長かったとは、どの経文にも書いてない。勿論竜樹(りゆうじゆ)や馬鳴(めみよう)も、人並の鼻を備えた菩薩(ぼさつ)である。内供は、震旦(しんたん)の話の序(ついで)に蜀漢(しよくかん)の劉玄徳(りゆうげんとく)の耳が長かったと云う事を聞いた時に、それが鼻だったら、どのくらい自分は心細くなくなるだろうと思った。

  
内供がこう云う消極的な苦心をしながらも、一方ではまた、積極的に鼻の短くなる方法を試みた事は、わざわざここに云うまでもない。内供はこの方面でもほとんど出来るだけの事をした。烏瓜(からすうり)を煎(せん)じて飲んで見た事もある。鼠の尿(いばり)を鼻へなすって見た事もある。しかし何をどうしても、鼻は依然として、五六寸の長さをぶらりと唇の上にぶら下げているではないか。

  
译文:

  
[鼻子] 鲁迅译 《现代日本小说集》(商务印书馆中华民国十九年四月初版,二十三年七月再版)

  
一说起禅智内供的鼻子,池尾地方是没一个不知道的。长有五六寸,从上唇的上面直拖到下颏的下面去。形状是从顶到底,一样的粗细。简捷说,便是一条细长的香肠似的东西,在脸中央拖着罢了。

  
五十多岁的内供是从还做沙弥的往昔以来,一直到升了内道场供奉的现在为止,心底里始终苦着这鼻子。这也不单因为自己是应该一心渴仰着将来的净土的和尚,于鼻子的烦恼,不很相宜;其实倒在不愿意有人知道他介意于鼻子的事。内供在平时的谈话里,也最怕说出鼻子这一句话来。

  
内供之所以烦腻那鼻子的理由,大概有二:――其一,因为鼻子之长,在实际上很不便。第一是吃饭时候,独自不能吃。倘若独自吃时,鼻子便达到碗里的饭上面去了。于是内供叫一个弟子坐在正对面,当吃饭时,使他用一条广一寸长二尺的木板,掀起鼻子来。但是这样的吃饭法,在能掀的弟子和所掀的内供,都不是容易的事。有一回,替代这弟子的中童子打了一个喷嚏,因而手一抖,那鼻子便落到粥里去了的故事,那时是连京都都传遍的。――然而这事,却还不是内供之所以以鼻子为苦的重大的理由。内供之所以为苦者,其实却在乎因这鼻子而伤了自尊心这一点。

  
池尾的百姓们,替有着这样鼻子的内供设想,说内供幸而是出家人;因为都以为这样的鼻子,是没有女人肯嫁的,其中甚而至于还有这样的批评,说是正因为这样的鼻子,所以才来做和尚。然而内供自己,却并不觉得做了和尚,便减了几分鼻子的烦恼去。内供的自尊心,较之为娶妻这类结果的事实所左右的东西,微妙得多多了,因此内供在积极的和消极的两方面,要将这自尊心的毁损恢复过来。

  
第一,内供所苦心经营的,是想将这长鼻子使人看得比实际较短的方法。每当没有人的时候,对了镜,用各种的角度照着脸,热心的揣摩。不知怎么一来,觉得单变换了脸的位置,是没有把握的了,于是常常用手托了颊,或者用指押了颐,坚忍不拔的看镜。但看见鼻子较短到自己满意的程度的事,是从来没有的。内供际此,便将镜收在箱子里,叹一口气,勉勉强强的又向那先前的经几上唪《观世音经》去。

  
而且内供又始终留心着别人的鼻子。池尾的寺本来是常有僧供和讲论的伽蓝。寺里面,僧坊建到没有空隙,浴室里是寺僧每日烧着水的,所以在此出入的僧俗之类也很多。内供便坚忍的物色着这类人们的脸,因为想发见一个和自己一样的鼻子,来安安自己的心。所以乌的绢衣,白的单衫,都不进内供的眼里去;而况橙黄的帽子,坏色的僧衣,更是生平见惯,虽有若无了。内供不看人,只看鼻子――然而竹节鼻虽然还有,却寻不出内供一样的鼻子来。愈是寻不出,内供的心便渐渐的愈加不快了。内供和人说话时候,无意中扯下那拖下的鼻端来一看,立刻不称年纪的脸红起来,便正是为这不快所动的缘故。

  
到最后,内供竟想在内典外典里寻出一个和自己一样的鼻子的人物,来宽解几分自己的心。然而无论什么经典上,都不说目犍连和舍利弗的鼻子是长的。龙树和马鸣,自然也只是鼻子平常的菩萨。内供听人讲些震旦的事情,带出了蜀汉的刘玄德的长耳来,便想道,假使是鼻子,真不知使我多少胆壮哩。

  
内供一面既然消极的用了这样的苦心,别一面也积极的试用些缩短鼻子的方法,在这里是无须乎特地声明的了。内供在这一方面几乎做尽了可能的事,也喝过老鸦脚爪煎出的汤,鼻子上也擦过老鼠的溺。然而无论怎么办,鼻子不依然五六寸长的拖在嘴上么?

  
问题所在:

  
一 漏译:

  
开篇第二自然段就漏译了一句,因而使上下文无法衔接。

  
[勿論表面では、今でもさほど気にならないような顔をしてすましている。]

  
二 错译:

  
a[僧供講説などのしばしば行われる寺である。]

  
》:[是常有僧供和讲论的伽蓝。]

  
([僧供講説]不是并列关系!)

  
b[烏瓜]

  
》:[老鸦脚爪]

  
(瓜类:王瓜)

  
c[鍵鼻]

  
》:[竹节鼻]

  
(应为钩鼻或鹰钩鼻,竹节是直的!)

  
d[椎鈍の]

  
》:[坏色的]

  
(应为[椎木]树皮色或咖啡色,[坏色]是什么意思?)

  
……俯拾皆是,令我惊讶!

  
三 含糊其词,不知所云:

  
[内供は日常の談話の中に、鼻と云う語が出て来るのを何よりも惧れていた。]

  
》:[内供在平时的谈话里,也最怕说出鼻子这一句话来。]

  
(应该是[内供最怕听到]!而且[語]读[言葉],是[词儿]!)

  
……太多啦!怎么办呢?

  
追究起来,似乎不止于[能力]问题,好像还有[态度]问题!

  
因为如果不知道,还不知道查或者问吗?

  
芥川的文风细腻严谨行云流水,因而幽默感才能成为[特色]。而被鲁迅这么一搞,绝无捧腹的可能了。

  
顺便说一句:日本的翻译,即使在二、三十年代,一般在良好的大学也都经过严格的训练,因此在一本译著里很难找到几个错误,当然不是没有。

  
而鲁迅的这个翻译,如果放在日本国立大学四年级的发表会上,那是绝通不过的。

  
呜呼,我的鲁迅!

  




 回复[1]:  夏雨 (2011-07-30 00:12:26)  
 
  有趣,反正不长,如果可以的话,劳驾你再翻一遍吧。

  
老唤的幽默感与芥川的幽默感融合在一起,会是个什么样的精品呢。

  
--------

  
我不崇拜鲁迅。

 回复[2]:  ハ長調 (2011-07-29 23:22:50)  
 
  好厨师未必是好搬运工嘛。老唤怎出此感?!

  
他本来就不是日语科班出身的,在日时间也不算太长,学医没学好,学文了,但至少没把日文学好。

  
《纪念刘和珍君》中他用过[直面]这个词,应该是从日语里直接借来用的,但是显然和日语的意思不符,据此我推测他日语功夫不到家,至少要翻译芥川还是功夫不够的。

  
听说这篇课文现在被逐出课本了(真的假的?),也好,别让大家再都错用滥用这词了。从文唤醒民众恐怕也是不现实的,他的文章在课文里放了这么多年,唤醒了这一代吗?(我是不是很悲观很反动??……)他的文字在西朝鲜里,命运难测啊,今后待遇嘛,借用芥川一个的小说的典故,是 藪の中

 回复[3]: 该死的小木樨花! 老唤 (2011-07-30 01:47:56)  
 
  哪儿疯去了?

  
就我所知,按你的日语水平,应该能挑出不少问题来。。。。。。

 回复[4]: 对联 epic (2011-07-30 10:02:37)  
 
  上联:拳打村上春树

  
下联:脚踢铁凝鲁迅

  
横批:傻逼牛逼。

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